新しい教育スタイル「アンスクーリング」とは

最近、アンスクーリングという言葉をよく耳にします。

学校に行かずに親が子どもの探求を手助けする新しい教育の形として注目が高まっています。学校に行かせないと聞くと、「えっ?それで勉強できるの?」と考えてしまうのですが…アンスクーリングはこれまで学校でやっている勉強をしなくてもオッケーだという全く新しい価値観のもと成り立っています。

伊藤穰一氏による「教養としてのテクノロジー」の中でも、MIT メディアラボの研究員であるアンドレー・ウール氏が、アンスクーリングについて書いています。

アンスクーリングについて調べていると、これからテクノロジーの発展や社会の変化に伴って、アンスクーリングがより身近な選択になるのではなかと思うようになりました。

アンスクーリングとは

アンスクーリングとは教育をしないということではなく、学校に行かずに子どもの興味に従って自ら勉強するということです。

主に親が教育をしますが、何かを教えるのではなく子どもが自発的に学ぶ手助けをすることがアンスクーリングの理念だと考えられています。

アンスクーリングでは、何を学ぶかは完全に子ども次第ということです。

例えば、虫が大好きな子どもは数学や国語を勉強せずに1日中虫について調べられるのがアンスクーリングです。

また、同じように学校に行かせずに家庭で親が教育をするホームスクーリングも海外では広がっていますが、こちらは親が教師の代わりに家庭内で勉強を教えるというものです。

「答え」を自ら見つける子どもを育てる

現在の教育では、すでに「答え」が分かっていることを勉強し、テストなどを使って評価します。

アンスクーリングでは、子どもたちが自ら興味を持ったことを調べ、「答え」を考えていきます。

親は決して、どのように「答え」にたどり着くかや、「答え」そのものを教えず、子どもが自ら持った疑問に対する「答え」を探す手助けします。

ここでは子どもが自ら助けを求めてきたときのみ手助けをすることが重要です。




「答え」を見つけるために社会とつながる

教養としてのテクノロジー」の中で、アンドレー・ウール氏は答えを見つけるためにもっとも重要なことは社会とつながることだと述べています。

アンスクーリングは学校に行かないので、人とのつながりが希薄なものだと思われがちですが、アンスクーリングをしている家庭同士で繋がることもできますし、図書館や美術館などを訪れて疑問を解決する情報を得ることもできます。

現在は、インターネットも普及しているので疑問に思ったことを調べるのはより簡単になっています。

従来の学校教育では、基本的に親、クラスメート、教師がつながりの大部分を占めますが、アンスクーリングでは自由に人とつながることが求められています。

アンスクーリングでは自らの力で疑問を解決するのではなく、社会の知識とつながり「答え」を見つけることが重要です。

情熱や自律性を育む

アンスクーリングの特徴は子どもたちの自律性に任せてやりたいことをやらせるということです。

ウール氏も「教養としてのテクノロジー」の中で指摘していますが、今の日本では将来の準備のための教育があふれています。

多くの子どもが知りたいことや興味のあることを後回しにしてテスト勉強をしていますが、それが本当に将来の自分のためになるのでしょうか。

2018年に10歳になる子どもが65歳で定年退職すると考えるとその子たちは2073年まで働くということです。

それまでの55年間で、今重要だと思われていることが無価値なものになる可能性もあります。

しかし、やりたいことをやることで身につけた情熱や自律性、「答え」を見つける力は全く予想ができないこれからの社会では不可欠なものになるのではないでしょうか。




教育の価値観を変える

認知科学者の苫米地英人氏の書籍「脱 洗脳教育論」や堀江貴文氏の書籍「すべての教育は洗脳である」の中で、これまでの日本の学校教育の問題点が指摘されています。

学校での勉強を通して子どもたちはより抽象的なものを考えられるようになればいいのに(苫米地氏の言葉を借りれば抽象度が上がる)テストのために知識を暗記することが重要になっています。また、日本の学校教育を通して、子どもたちは自分が何をしたいのかが分からなくなってしまいます。学校の教育を受けることで自らの好奇心にしたがって学ぶことができなくなってしまいます。

大前研一氏も書籍「稼ぐ力」の中で、「偏差値」を廃止する必要性を説いています。

尾木直樹氏、茂木健一郎氏は「教育とは何か?」で、日本と海外の教育の違いや、従来の教育とは異なる子どもの個性を伸ばす教育の重要性について話しています。

日本人は偏差値でランク付けされることにより大志を抱くこともできません。実際に偏差値の低い高校や大学に入った学生は、それが自分の能力だと勘違いしてしまいがちですが、限られた範囲の中で評価された結果が偏差値として現れただけです。

偏差値によって、自分はやってもできないと思ってしまえば、自分のやりたいことを追求することはできなくなります。

現在アンスクーリングは世界で広がりつつありますが、ここでは偏差値では測れない能力を育む教育です。このムーブメントが日本人の教育や学力に対する価値観を変えるものになるかもしれません。

 

 

 

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